IGR・いわて旅の学び舎2018

今、南部氏が熱い! 
 
各地の専門解説員から学ぶ

旅する南部塾(全6回)

~南部氏ゆかりの地を専門解説員と辿る旅~

第三回テーマ:「南部と津軽の攻防・津軽に見る南部氏関連城館跡」 

無題

整備の進む堀越城

整備の進む堀越城(イメージ)

 

a

主催:IGRいわて銀河鉄道株式会社 銀河鉄道観光 
協力:財団法人岩手県文化振興事業団岩手県立博物館
   弘前市教育委員会、南部町教育委員会、三戸町教育委員会、八戸市博物館、青森市中世の館(以上青森県)
   二戸市教育委員会、一戸町教育委員会、九戸村ふるさと振興公社(以上岩手県) 

 

 

詳しい案内は、
をクリック→→→パンフレット (PDF版)

ツアー名

第三回テーマ:「南部と津軽の攻防・津軽に見る南部氏関連城館跡」

 ご案内役 岩井浩介氏(弘前市教育委員会)

出発日

平成30年7月7日(土) 日帰り

 

※申込締切は7営業日前までただし、定員になり次第締め切ります。

旅行代金

ご旅行代金

一戸駅集合解散お一人様 9,980

(盛岡駅~奥中山高原駅間途中乗車の方は往復乗車券付11,480)
        
 



※旅行代金に含まれるもの:貸切バス代(岩手県北バス)、ガイド料、昼食代、施設入場料 
※添乗員同行 ※1名様より受付

乗車地

8:40 一戸駅集合 

【行程凡例 +++鉄道(IGRいわて銀河鉄道) ===貸切バス(岩手県北バス) ……徒歩


 ( IGR盛岡駅7:32発+++(IGR移動)+++8:34 IGR一戸駅着)


  8:40 一戸駅集合   8:50一戸駅発===(貸切バス移動)車中解説===
10:00 石川城 石川城の築城は南北朝期までさかのぼり、建武元年(1334年)には建武政府への反乱勢が「石川楯」に立てこもったとの記録がある。その後津軽を支配した安藤氏の勢力を南部氏が一掃し、天文2年(1533年)には南部高信が石川城に入城、津軽郡代として津軽を支配したとされる。しかし元亀2(1571)年5月、南部(大浦)為信(のちの津軽為信)が堀越城より急襲、高信は自害し石川城は落城した。その後、石川城に入った津軽家重臣板垣兵部は、慶長5(1600)の関ヶ原の戦いの時に反乱を起こしたものの、制圧され、石川城も廃城となったとされる。10:50===(貸切バス移動)堀越城 建武3年(1336年)、北朝方の曽我貞光により「堀越楯」が築城されたとの記録が、堀越城の初出となる。その後も中世を通じて城館として機能していたと想定されているが、再び史料上に現れるのは南部(大浦)為信(のちの津軽為信)の「津軽切り取り」に際してである。元亀2年(1571年)、為信は堀越城から出立、石川城の南部高信を急襲した。その後為信は、津軽より南部氏の勢力を一掃、文禄3年(1594年)には堀越城を大改修して、大浦城から本拠を移転した。堀越城はその後、二代信枚が高岡城(のちの弘前城)を築城するまで、津軽氏の居城として機能した。 
11:50===(貸切バス移動)
12:00 ホテルアップルランド(昼食・入浴) 13:30===(貸切バス移動)
14:00   大浦城 文亀2年(1502年)、種里城の南部光信により築城され、その子の盛信が配されたとされる。その後、南部(大浦)為信(のちの津軽為信)が堀越城に本拠を移した文禄3年(1594年)まで、津軽支配の重要拠点として機能した。 14:30===(貸切バス移動)
15:00 浪岡城・中世の館 16:30===(貸切バス移動)===18:15一戸駅解散 

(一戸駅18:27+++(IGR)+++19:30盛岡駅着)    

 

募集人数

最少催行人員:15名さま

食事:朝× 昼〇 夕×

おすすめポイント

・石川城:石川城の築城は南北朝期までさかのぼり、建武元年(1334年)には建武政府への反乱勢が「石川楯」に立てこもったとの記録がある。その後津軽を支配した安藤氏の勢力を南部氏が一掃し、天文2年(1533年)には南部高信が石川城に入城、津軽郡代として津軽を支配したとされる。しかし元亀2(1571)年5月、南部(大浦)為信(のちの津軽為信)が堀越城より急襲、高信は自害し石川城は落城した。その後、石川城に入った津軽家重臣板垣兵部は、慶長5(1600)の関ヶ原の戦いの時に反乱を起こしたものの、制圧され、石川城も廃城となったとされる。

・堀越城:建武3年(1336年)、北朝方の曽我貞光により「堀越楯」が築城されたとの記録が、堀越城の初出となる。その後も中世を通じて城館として機能していたと想定されているが、再び史料上に現れるのは南部(大浦)為信(のちの津軽為信)の「津軽切り取り」に際してである。元亀2年(1571年)、為信は堀越城から出立、石川城の南部高信を急襲した。その後為信は、津軽より南部氏の勢力を一掃、文禄3年(1594年)には堀越城を大改修して、大浦城から本拠を移転した。堀越城はその後、二代信枚が高岡城(のちの弘前城)を築城するまで、津軽氏の居城として機能した。 

大浦城:文亀2年(1502年)、種里城の南部光信により築城され、その子の盛信が配されたとされる。その後、南部(大浦)為信(のちの津軽為信)が堀越城に本拠を移した文禄3年(1594年)まで、津軽支配の重要拠点として機能した。

浪岡城・中世の館

 

☆通期参加申込特典☆
第1回~第5回までの「旅する南部塾」に一括で参加申し込みをされると、
なんと5,000円分近畿日本ツーリスト「ツーリスト旅行券」をプレゼント!! 
さらに、特典として九戸のお守り・ご祈祷済み「ほず袋」をプレゼント!!
「通期申込」で、お得に、そしてお手軽にご参加ください!!
※第6回開催分は含まれません。

お申し込みは、カレンダーの○をクリック!

【旅する南部塾】第三回「南部と津軽の攻防・津軽に見る南部氏関連城館跡」7月7日(土)出発

2018年7月
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
31